【八代市】河童的聖地─「源自中國」的傳說

「這也太大了吧!」在八代市的街頭發現一尊全長超過3公尺的巨大河童雕像時,我忍不住按下了快門。在八代,有一則河童傳說流傳至今——據說有一群從中國跨海而來的河童在此定居,並以此地為中心影響至日本各地。因此,八代市也被稱為「河童的聖地」「河童的故鄉」

這座河童雕像位於市內本町二丁目,本町拱廊商店街中段往南轉,位於球磨川盡頭的十字路口上。河童全身呈綠色,盤腿而坐,用紅色酒盃開心地喝著酒。在車流繁忙的交叉路口,他看起來就像守護來往行人安全的守護神。據說這座雕像是由附近從事不動產業的西幸男先生帶領著一群喜愛河童的人共同打造的。「為了不輸給其他地方的河童,我們特地做得很大」,西先生笑著這麼說。

在河童雕像不遠處的球磨川河堤上,可以看到一座古老的石碑,上面刻著「河童登陸之碑(河童渡来之碑) 」。據說在1600多年前,有九千隻河童從中國的長江橫渡東海,來到此地並定居。想像九千隻河童從這條河爬上岸的畫面,光是想像就有點令人不寒而慄呢。

這個河童傳說還有後續。相傳熊本的領主加藤清正,因屬下被球磨川的河童所害而震怒,下令將河童消滅,甚至將毒物倒入河中、投下燒熱的石頭。最終,河童首領「九千坊」不得不出面謝罪,河童一族也因此被逐出球磨川。也有研究者認為,這些所謂的河童,其實可能是從中國前來的人們。
在附近散步時,我還發現了高達4公尺以上的河童雕像,以及九千坊的石像。看來這裡真的是個對河童情有獨鍾的地方。

【日本語】
『【八代市】河童の聖地、「中国から渡来」伝説』

「こいつは、でかい!」。八代市の街中で、体長3メートルを超える巨大な河童像を見つけ、思わずシャッターを切りました。八代には、「中国から渡ってきた河童の一族が居つき、ここから日本中に広がっていった」という河童伝説があります。「河童の聖地」「河童のふる里」といわれる同市を訪ねました。

河童像があったのは、同市本町2丁目の本町アーケード商店街の中ほどから南に折れ、球磨川に付き当たった十字路です。河童は全身緑色であぐらをかき、赤い盃でお酒をおいしそうに飲んでいました。車の多い交差点で、行き交う人々の安全を見守る守り神のようにも見えます。造ったのは、近くの不動産業・西幸男さんを中心とした河童好きのグループだそうです。「ほかの町の河童に負けないように大きくしました」と西さん、笑顔で話してくれました。

河童像のすぐ近く。球磨川の土手を上った所に古い石碑がありました。石碑には、「河童渡来之碑」と書かれていました。ここは1600年以上前、九千匹の河童が中国の揚子江から東シナ海を泳ぎ渡り、すみ着いた場所だそうです。九千匹の河童の大群がこの川から上がってきたなんて、想像するだけで怖くなりますね。

河童伝説ですが、続きがあります。「熊本の殿様・加藤清正が、球磨川の河童に家来を殺され激怒。河童を全滅させよと命じて川に毒を流し、焼いた石を投げ入れた。たまらず河童の大将・九千坊が謝罪。河童の一族は球磨川を追われた」のだそうです。この河童たち、実は中国から渡って来た渡来人だったのではないか、という研究者もいます。

周辺を散策していたら、4メートルを超える河童像や九千坊の石像も見つけました。河童をこよなく愛する土地柄のようです。

写真・文:吉之介/翻訳(台湾華語):Kaoru