Life in Kumamoto by Taiwanese

國家指定史蹟 熊本藩主細川家墓所(泰勝寺遺跡)

在日本,從鎌倉時代的十二世紀末到1867年(慶應3年)的江戶幕府終結的約700年中,武士掌握政治權利持續統治下來。
向這樣的武家社會中,德川家以德川家康為初代的約260年間掌握實權。便稱為江戶時代(1603年~1868年)。

※現在,電視NHK電視台以德川家康為主角的大河連續劇「怎麼辦家康」正在播放。

江戶時代的熊本,依據德川幕府的指示而讓大名的細川家來統治其地域。這裡是細川家的菩提寺之泰勝寺的遺跡。
在1995年被指定為國家指定史蹟,現在是為立田山自然公園,一般開放給大家休憩。

因位於熊本市內的立田山之山麓下而非常安靜。在訪問其地的11月23日,享受了非常美麗的紅葉。

■何謂細川家?

細川氏在從南北朝時代,即為1337年~1392年中伸展勢力。
至於與熊本的關係為安土桃山時代的末期時,小倉籓主的初代細川忠興(TADAOKI)之子,第二代細川忠利(TADATOSHI)在1632年成為初代的熊本藩主,直至第十三代細川護久(MORIHISA)為肥後熊本的藩主。

近年是熊本縣知事、七十九代內閣總理大臣(1993年8月9日~1994年4月28日)的第十七代細川護熙(MORIHIRO),陶藝家十八代細川護光(MOROMITSU)而持續下來。


茶室 仰松軒


四御廟(GOBYOU)

「伽羅奢夫人愛用的洗手石缽(TSUKUBAI)」TSUKUBAI是指在進入茶是前洗手或漱口的缽子。


泰勝寺遺跡


劍豪 宮本武藏 供養塔

《細川家廟所》

所在設施:立田自然公園
所在地: 〒860-0862 熊本縣熊本市中央區黑髮4町目610
開放時間 8:30~17:00
入園費  大人及高中生 200日圓 國中生以下 100日圓
交通方式  櫻町巴士總站 乘坐E系統立田口車站經由  光之森、楠團地、吹田團地
於立田自然公園入口下車,步行12分鐘

 

【日本語】

『国指定史跡 熊本藩主細川家墓所(泰勝寺跡)』

日本では、鎌倉幕府が樹立した12世紀末から1867年(慶応3)の江戸幕府の終末までの約700年間は武士が政治権力をにぎり統治していました。

このような武家社会の中で、徳川家康を初代として約260年間徳川家が実権をにぎっていた時代を江戸時代(1603年~1868年)と言います。

※現在、徳川家康を主人公にしたNHK大河ドラマ「どうする家康」が放送されています。

江戸時代の熊本は、徳川幕府からの指示により地域を治める大名として細川家が治めていました。
ここは、その細川家の菩提寺(ぼだいじ)である泰勝寺(たいしょうじ)の跡地です。

1995年に国指定史跡となり、現在は立田山自然公園として一般公開されています。熊本市内に有りながら、立田山のふもとに位置しているためとても静かです。
訪問した11月23日は、とても美しい紅葉が楽しめました。

■細川家とは?

細川氏は南北朝時代とされる 1337年~1392年ころから勢力を伸ばしてきました。
熊本との関係については、安土桃山時代の末期、小倉藩主で初代・細川忠興(ただおき)の息子で、2代・細川忠利(ただとし)が1632年に初代熊本藩主となり、江戸時代に至る13代・細川護久(もりひさ)まで肥後熊本の藩主(大名)として務められてきた家柄です。

近年は、熊本県知事・79代 内閣総理大臣(1993年8月9日~1994年4月28日)を務められた17代・細川護熙(もりひろ)氏、陶芸家18代・細川護光(もりみつ)氏まで続いています。


茶室 仰松軒


四つ御廟(ごびょう)


「ガラシャ婦人愛用のつくばい」
つくばいとは、茶室に入る前に手や口を清めるための手を洗う鉢のことです。


泰勝寺跡


剣豪 宮本武蔵 供養塔

《細川家廟所》

所在施設: 立田自然公園
所在地: 〒860-0862 熊本県熊本市中央区黒髪4丁目610
開園時間 8:30~17:00
入園料 大人・高校生 200円 中学生以下100円
交通アクセス 桜町バスターミナル E系統立田口駅経由 光の森、楠団地、吹田団地行き乗車
立田自然公園入口下車、徒歩12分